大分地方裁判所 平成3年(ワ)161号 判決 1993年1月28日
原告
田代明
ほか一名
被告
太賀博泰
主文
一 被告は、原告らに対し、各金四六〇万七一五六円及びうち各金四二〇万七一五六円に対する平成二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は五分し、その四を原告らの、その一を被告の負担とする。
四 第一項は仮に執行することができる。ただし、被告が各金二〇〇万円の担保を供するときは、同仮執行を免れることができる。
事実
一 原告らの請求
被告は、原告らに対し、各金二四九八万二三〇五円及びうち各金二三四八万二三〇五円に対する平成二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、後記交通事故のため平成二年五月二七日死亡した田代由理子の両親である原告らが、加害者である被告に対し、由理子及び原告らが被つた損害の賠償を請求する事案である。
三 当事者間に争いない事実
1 交通事故の発生
日時 平成二年五月二七日午後九時〇二分ころ
場所 東京都豊島区東池袋五丁目七番六号先(通称音羽通り)路上
加害車と運転者 被告運転の普通乗用車(以下「被告車」という。)
事故態様 右場所において、被告車が松本勝運転の普通乗用車(以下「松本車」という。)に衝突し、松本車の助手席に同乗していた由理子が死亡した。
2 責任原因
被告は、被告車の運行供用者である(自賠法三条)。
3 原告らは、由理子の両親であつて、相続人(相続分各二分の一)である。
4 原告らは、自賠責保険から各一七八一万六三五〇円の支払を受けた。
四 過失相殺に関する被告の主張(争点一)
1 本件事故は、被告の過失と、松本が松本車をUターンさせるため、直進中の被告車の前に突如進出した過失と競合して起きたのであり、その過失割合は、被告二、松本八である。
2 由理子はシートベルトを着用しないで松本車の助手席に同乗していたところ、同女は、衝突の衝撃で車外に投げ出され、転倒した松本車の下敷きになつて死亡した。
五 争点一に関する原告らの主張
1 1の事実は否認する。本件事故は、被告の暴走行為に起因する。
2 由理子がシートベルトを着用していなかつたことと、同女の死亡との間に因果関係はない。
六 損害額に関する原告らの主張(争点二)
1 由理子の慰謝料 一五〇〇万円
同女は、本件事故により二五歳の若さで生命を奪われたのであり、その慰謝料は一五〇〇万円が相当である。
2 原告らの慰謝料 七〇〇万円
末娘の由理子を奪われた原告らを慰謝するには、各三五〇万円、計七〇〇万円が相当である。
3 逸失利益 五八七一万七三一〇円
由理子の昭和六三年度の所得は三一〇万円、平成元年度のそれは三七六万二七〇〇円であつたが、生活費控除の割合を三〇%とし、六七歳まで稼働可能であつたから、中間利息の控除を新ホフマン係数を使用して算定すると、同女の逸失利益は、五八七一万七三一〇円となる。
(計算は、3,762,700×0.7×22.293=58,717,309.7)
4 葬儀費用 一〇〇万円
原告らは、右費用を支出した。
5 仏壇費用 八八万円
原告らは、右費用を支出した。
6 弁護士費用 三〇〇万円
原告らは、本件訴訟の遂行を弁護士徳田靖之に委任し、弁護士費用として認容額の一〇%を支払う旨約したが、うち三〇〇万円は本件事故による損害である。
7 結論
原告らは、右1及び3の各二分の一である各三六八五万八六五五円を相続し、右2及び4ないし6の各二分の一である各五九四万円を自己の損害として被つたので、原告らの各損害合計は四二七九万八六五五円となり、これから、てん補分各一七八一万六三五〇円を差し引くと、各二四九八万二三〇五円となる。
よつて、原告らは、被告に対し、各二四九八万二三〇五円及びこれから弁護士費用を差し引いた各二三四八万二三〇五円に対する本件事故後である平成二年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
七 証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。
理由
一 本件事故の態様
証拠(甲一ないし八、一二ないし一七、乙一ないし六)によれば、次のとおり認められる。
1 本件事故現場の状況
本件事故現場の状況の概略は、別紙現場見取図(甲五の実況見分調書中の図面)に記載のとおりであり(以下の符号は、同図中のそれを指す。)、事故現場付近の道路は、アスフアルト舗装の平坦な直線道路で、センターラインとして幅〇・五五メートル、高さ〇・〇五メートルの蒲鉾型をしたチヤツターバーが設けられ、東進できる北側車線(これが本件事故が発生した車線であり、以下「本件北側車線」という。)は、約三・一メートルの歩道が縁石で車道と区切られており、車道は、幅員約八メートルで、破線標示により二車線となつており、道路標識により、自動車の最高速度は時速五〇キロメートル、終日駐車禁止、歩行者の横断禁止の交通規制がされている。
西進できる南側車線(以下「本件南側車線」という。)も幅員約八メートルで、破線標示により二車線となつている。
本件事故現場付近の歩道には街路樹が植えてあるが、歩道脇には商店が立ち並び、その照明灯のほか、街路灯も点灯していて、本件事故当日の午後九時から一一時ごろの間においても、車線上では二〇〇メートル以上の見通しができる状況にある(甲三)。
2 被告車の動き
被告(昭和四二年一二月一〇日生、本件事故当時、大学生)は、追従してくる見知らぬ普通乗用自動車に気を取られながら、被告車(普通乗用車)を運転して本件北側車線を<1>点から護国寺方面に向けて時速約九〇キロメートル(秒速約二五メートル)(甲七)(本件事故直前の被告車の時速についての被告の供述は、甲七(平成二年五月二八日付け司法警察員に対する供述調書)では約九〇キロメートル、乙一(平成二年六月一七日付け司法警察員に対する供述調書)では約六〇キロメートル、乙二(平成二年一〇月三〇日付け検察官に対する供述調書)では約六、七〇キロメートルと変遷しているが、後記事故態様から推測して、本件事故直後の供述(甲七)による時速約九〇キロメートルを採用する。)で進行して<2>点に差しかかつた際、進路右前方三七メートルの反対車線(本件南側車線)上の<ア>点に、松本車(ワゴン車)がセンターラインを超えて本件車線上に進入しようとしているのを発見したが、自車の通過を待つてくれるものと軽信して一三・八メートル進行した<3>点で、右前方二二・九メートルの<イ>点にきた松本車(<ア>―<イ>間の距離〇・九メートル)に危険を感じ、衝突を避けるべく急ブレーキをかけ、同時に進路左前方二四・〇五メートルの<甲>点に(乗客を降車させるべく)停車中のタクシーとの間を通り抜けようとしてハンドルを左に切り、<3>点から一六・八メートル進行した<4>点(そのときの松本車の位置は<ウ>点、<イ>―<ウ>間の距離一・七メートル)でサイドブレーキを引いたが効を奏せず、被告車を四・一メートル滑走させた<5>点で<エ>点に進行していた松本車の左側助手席部分に被告車右前部を衝突させ、<オ>点に松本車を左側を下にして横転させ、さらに被告車を滑走させ、<×>点で自車左後部を右タクシー右横部分に接触させ、<5>点から二一・六メートル進行した<6>点(<3>点から<6>点までの距離は四二・五メートル)で、被告車は停車した(甲五ないし八)。
3 松本車の動き
松本(昭和四〇年八月一〇日生、本件事故当時、会社員)は、松本車を運転して本件南側車線の外側車線上を護国寺方面から西進し、同乗者の由理子の居室(豊島区東池袋五丁目七番五号所在MHC第三ビル三〇五号室)がある別紙図面右上にあるニコマート前で同女を降車させるために、自車をUターンさせて反対車線(本件北側車線)に入れるべく、本件南側車線の外側車線上<ア>点付近でいつたん停止し、同車線の内側車線を通過する自動車二、三台をやり過ごした後、後方及び反対車線に目をやり、<甲>点にタクシーが、その直前に普通乗用自動車がそれぞれ停車しているのを確認した後、被告車を含め、本件北側車線を進行してくる自動車が目に入らなかつたので、安全だと軽信し、右折の合図をしながら、時速約六キロメートルで進行し、転回方向を注視しながら、前輪がセンターラインのチヤツターバーを乗り越え、後輪もチヤツターバーを乗り越えようとして<エ>点付近に差し掛かつた途端、左側助手席部分に被告車右前部から衝突されて左側面を下にして横転し、<オ>点に静止した。
なお、松本は、本件事故発生まで、被告車には全く気付かなかつた。
4 本件事故により、シートベルトを着用していなかつた由理子は、約三〇センチメートル陥没した松本車の助手席左側ドアに左頚部を挟まれ(乙六)(甲八、九には、被告主張に沿つて、由理子が横転した松本車の下敷きになつていた旨の供述があるが、乙二ないし四、六に照らし採用しない。)、駆けつけた救急隊員によつて救助されて日本医科大学付属病院に搬送されたが、同病院で本件事故当日の午後一〇時四二分、頚髄損傷により死亡した(乙六)。
二 争点一(過失相殺)についての判断
1 右一の事実によれば、被告には、都内の交通量の多い道路で、制限時速五〇キロメートルをはるかに超える時速約九〇キロメートルで、かつ、前方不注視のまま走行した重大な過失があり、他方松本にも、交通量の多い危険な箇所で自車をUターンさせるに際し、反対車線上を走行してくる自動車の有無を注視しなかつた重大な過失があつたものというべきであるところ、前記一認定の事実を総合すれば、被告と松本の過失割合は、四対六と認められる。
そして、証拠(甲一〇、乙四、五)によれば、松本と由理子は、本件事故の約三年前ころから交際し、近く正式に婚約し、将来は結婚する予定であり、本件事故当日も、両名はホテルで待ち合わせてデートした後、松本が由理子を同女宅に送り届ける途中の事故であつたと認められるところ、前記認定の事実を総合すれば、衡平の観点から、松本の右過失を被告の負担すべき損害賠償額を定めるにつき被害者側の過失として斟酌するのが相当であるが、松本の右過失の全部を斟酌するのではなく、原告らの後記損害額から、その二割を減ずる程度で斟酌するをもつて相当と認める。
2 被告は、由理子がシートベルトを着用していなかつたことをも過失相殺事由として斟酌すべき旨主張するが、右一、4に認定の事実から、由理子がシートベルトを着用していれば、死亡しなかつたであろうとまで推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、同主張は採用できない。
三 争点二(損害)についての判断
1 由理子の慰謝料 一五〇〇万円
前記認定の事実を総合すれば、本件事故により死亡した由理子の慰謝料は、一五〇〇万円が相当である。
2 原告らの慰謝料 五〇〇万円
前記認定の事実を総合すれば、二女の由理子を奪われた原告らの慰謝料は各二五〇万円、合計五〇〇万円が相当である。
3 逸失利益 三三五五万八七六七円
証拠(甲一〇、一一、一八の1・2、一九の1ないし4、二〇)によれば、由理子は、昭和四〇年四月四日原告らの二女として生まれ、昭和五九年高校を卒業後、東京大学医学部付属看護学校に入学し、昭和六二年同校を卒業して正看護婦の資格を取得し、本件事故当時、東京都所在の株式会社フラツシユにコンパニオンとして勤務していたことが認められるが、甲一九の1ないし4によるも本件事故当時の具体的な給与額を認めるには足りず、また、由理子が平成二年度に、昭和六三年度又は平成元年度と同じ職場に就業していたことを認めるに足りる証拠もない以上、原告ら主張のとおり、右昭和六三年度及び平成元年度の同女の所得をもとに、逸失利益算定の基礎とするのも相当でないので、本件事故当時の同女と同年齢(二五歳)女子の賃金センサス第一巻第一表中、産業計・企業規模計・女子労働者・高専・短大卒の年収(平成元年分)に基づき、同女の年収を推認するのが相当であるところ、それが三〇一万〇七〇〇円であることは、当裁判所に顕著である。
そこで、同女の生活費控除の割合を五〇%とし、六七歳まであと四二年間稼働可能であつたとして、中間利息の控除を新ホフマン係数(係数二二・二九三〇)を使用して、同女の死亡時の逸失利益の現価を算定すると、三三五五万八七六七円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。
(計算は、3,010,700×0.5×22.2930=33,558,767)
4 葬儀費用及び仏壇費用 一五〇万円
証拠(甲二三、二四)及び弁論の全趣旨によると、原告らは、葬儀費用として少なくとも一〇〇万円を、仏壇費用として八八万円をそれぞれ支出したものと認められるが、合計一五〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
5 過失相殺及びてん補後の損害額
右1ないし4の損害額を合計すると五五〇五万八七六七円となり、その二分の一である原告らそれぞれの損害額は各二七五二万九三八三円となるところ、前記二、1のとおりの理由で、その二割を減ずると二二〇二万三五〇六円となり、さらに、これから原告らが受けたてん補額各一七八一万六三五〇円を差し引くと、原告らそれぞれの損害額は各四二〇万七一五六円となる。
6 弁護士費用 各四〇万円
以上認定の事実及び本件訴訟の推移を概観すれば、相当因果関係のある弁護士費用としては原告らにつき各四〇万円を相当と認める。
7 結論
よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、各四六〇万七一五六円及びこれから弁護士費用を差し引いた各四二〇万七一五六円に対する本件事故後である平成二年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 簑田孝行)
別紙 <省略>